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放蕩していた私を聖なる道に導かれた主よ、感謝します

万民ニュース   第 119 号
8302
2012. 09. 23


スリヤノントゥ・ソムチャイ神学生(タイ・スラタニ・マンミン聾唖教会)


私は中国人の父とインドネシア人の母の間に聾唖として生まれました。ハーフとして成長しながら、多くの困難を経験しました。しかも父の女性遍歴で普通の家庭が築けず、私は3人の新しい母を迎えなければなりませんでした。実の母の行方は全くわかりませんでした。
このような家庭環境のため私は心を寄せる所を探してさまい、いつの間にか父のような人になってしまいました。19才の時から教会に通いましたが、正しい信仰が持てなかったので、放蕩の生き方は続きました。周りに噂が立つほど私は浮気者でした。
2010年1月のことでした。パッタヤー地域の聾唖協会で仕事をしながら、知り合いだったチ・ジョンフン牧師(万民中央教会聾唖者宣教会の副指導教師、マレーシア宣教師)が聖潔の福音と万民中央教会に現れる神の力あるわざについて語ってくださいました。
また、チ・ジョンフン先生の紹介で知り合いになったジョセフ・リムバンピル神学生(パッタヤー・マンミン聾唖教会担当)は、ビデオチャットで継続的に堂会長イ・ジェロク牧師の説教と神の力あるわざについて伝えました。堂会長先生の「いやしの祈り」を信仰によって受ければ、時間と空間を超えていやされると言いました。
その年の4月、チ・ジョンフン先生とジョゼフ神学生にまた会いました。ジョゼフ神学生は堂会長先生の著書『地獄』を見せて、説明してくれました。その内容は私にとってショックで、お二人の勧めで私は淫行を断ち切って、新しくされようと決断しました。生まれて初めて一日断食祈祷をしながら、過ぎた日の過ちを悔い改めました。
その後、パッタヤー・マンミン聾唖教会に通いながら、2か月間、毎日一食断食をしながら、神様のことばどおり生きようと努力しました。堂会長先生の著書『十字架のことば』を読んで、「善悪の知識の木を生えさせた理由」「イエスがなぜ私たちの救い主であるのか」など救いの摂理を悟ると、私の信仰がずいぶん変えられました。また、毎晩祈りをやめなかったので、生き方が変わり、言動が変わりました。
2010年6月と2012年5月に、ソウルの万民中央教会のチョ・スヨル牧師(聾唖者宣教会指導教師)がタイを訪問して、堂会長先生に祈りを受けて神の力の込められたハンカチの祈り(使徒19:11-12)で、生きておられる神様を証しされました。多くの人の病気がいやされて、神様に栄光を帰しました。このような時間は自分の信仰が成長するきっかけになって、魂を顧みて福音を伝える使命を果たす、幸いな道に導かれました。
2012年8月3日、私はタイとマレーシアの聾唖の聖徒たちと「マンミン男女宣教会夏のキャンプ」に参加、二度目の韓国訪問をしました。2010年に初めて万民中央教会を訪問した時の印象は、神様の力が満ちていて、主の愛で幸せ一杯だったことでした。
初めてお目にかかった堂会長先生は、愛が豊かで暖かい方でした。細やかなお父さんのようでした。親に捨てられたと思っていた心の苦しみは、雪が解けるようになくなりました。そして、神様がまさに私の父であられ、その父を感じることができる堂会長先生がおられるということに喜びと感謝があふれました。
今年もキャンプは恵みと真理に満ちていました。特にマラの奇蹟のように(出エジプト15:25)、海の塩辛い水が飲める甘い水に変わった奇蹟の現場、ムアンの甘い水の泉では、不思議な体験をしました。ムアンの甘い水に身を浸したとき、神様が霊の目を開いてくださって、天国の美しい宝石を見ることができました。
私は心に尊い宝石を抱いてタイに帰りました。美しく細工された宝石のように、父なる神様と主の愛で成熟した姿に変えられるよう願いながら、希望をもって走って行きます。ハレルヤ!


 

 

 
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