光として輝く_ 「神は光であって」シリーズ9
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あなたのみことばはともしび、光です_ 「
光である神は、ご自身の子どもたちが明るい太陽のように真理の光で暗い世を明るく照らすことを望んでおられる。 ...
信仰の量り(26)
万民ニュース
第 95 号
6339
2010. 09. 26
「私は、自分に与えられた恵みによって、あなたがたひとりひとりに言います。だれでも、思うべき限度を越えて思い上がってはいけません。いや、むしろ、神がおのおのに分け与えてくださった信仰の量りに応じて、慎み深い考え方をしなさい。」(ローマ12:3)
「主をおのれの喜びとせよ。主はあなたの心の願いをかなえてくださる。」(詩篇37:4)
1. 信仰の一段階から五段階までの要約
福音を聞いて信じて聖霊を受ければ、救われるための信仰、一段階に入ります。だんだん神のみことばを聞いて、学んで行なおうと努力し始めれば、信仰の二段階に入ります。その心に神様が信じられて認められるので、神のみことばを聞けば従おうとしますが、あることは従い、あることは従いません。もう少し信仰が育って三段階に入れば、ある程度みことばを守り行なえる力が与えられるようになります。つらそうにやっとのことでみことばを守るのではなく、自然にみことばどおり行なえる、安定した信仰の段階に入るのです。神のみことばを行ないながら、罪を犯さないだけでなく、心の根にある罪の性質まで捨ててしまえば、信仰の四段階に入ります。これではじめて、きよく聖なる神のまことの子どもになったのです。
一段階と二段階は肉に属する信仰であり、まだ信仰の土台を築く過程です。三段階に入ってこそ霊的な信仰生活の土台を固め始めるのであり、霊的にまことの信仰だと認められるには、信仰の四段階にならなければいけません。信仰の四段階では、疑いというものは全くなく、すべての言葉と思いと行ないが100%神様を信頼して出てきます。それで、信仰生活を始めて三段階になるまでは、霊の信仰の土台を固めていく過程であり、霊の信仰になった四段階から、御父の根本に込められた完全な愛を心の中に積み上げる過程です。信仰の四段階で、本性の深いところに隠されている肉の痕跡のようなものなどまで捨てて、すべての御霊に属する実がたわわに結ばれるようになれば、最高の信仰である五段階に入ります。この時からは父が各人の心の香りを喜んで受けられ、さらに美しく、さらに完全な最高の実として新しいエルサレムに入るようにされようと、再び各人を練り、導いていかれるのです。
このような信仰の段階をくくってみるなら、一段階と二段階と三段階が一つ、四段階と五段階が一つと見られます。これは肉に属しているか、霊に属しているかという基準によって分けたのです。三段階と四段階の差は、この地上での答えと祝福も、天国の栄光も、天と地の差だと言いました。聖書に記されたすべての約束と祝福が、実は四段階以上の御霊の人に当たるものであり、五段階に入れば、あらゆる分野ですべての祝福が完全に臨むようになります。もちろん、信仰の三段階まででも祝福と答えがないことはありませんが、各自の信仰の中で神様の前でふさわしく行なう分だけ、部分的な祝福が受けられるのです。
2. 全く聖なるものとされた人が受ける祝福
1) 何でも直ちに答えられるようになります
[詩篇37:4]に「主をおのれの喜びとせよ。主はあなたの心の願いをかなえてくださる。」とあります。主をおのれの喜びとすることを文字どおり説明すれば、主のゆえに喜んで楽しむということです。もちろん、それぞれの信仰の段階で自分なりに神様のゆえに喜ぶことはできますが、まことの喜びが上から臨むためには、信仰の五段階、全き信仰を持って主に喜ばれなければなりません。このように神様に喜ばれる信仰を持った人は、何かを心にいだくだけでもすみやかに答えられるのです。
それでは、全く聖なるものとされれば、どのように求めると直ちに答えられるでしょうか? 神様は公義の基準に合わせて答えてくださいますが、その最も代表的なものが「七つの御霊」の量りです。これは各人にとって七つの項目、すなわち、信仰、喜び、祈り、感謝、戒めを守ること、忠実、愛を量って、各自の信仰に応じて一定の基準値を満たした時でこそ、答えも祝福も受けられるということです。
たとえば、信仰の三段階にある人が祈りはよくするけれど喜びがないとか、忠実ではあるのに感謝がないならば、七つの御霊の量りに欠けている分、答えがゆっくり与えられるのです。ところが、全く聖なるものとされた人は、聖められて神様との間に罪の壁がないだけでなく、真理の実が心に完全に満たされているので、七つの御霊が量る時にすべての項目で合格点をもらうようになります。ですから、その時その時にすぐ答えが臨むのです。しかも父なる神様にそっくり似せられた心で、そのお心にかなうことだけを求めるので、毎回あふれるように答えられても、公義の法則に全く外れないのです。
2) すべてのことに悟りの道が見つけられます
[コリント人への手紙第一2:10]に「神はこれを、御霊によって私たちに啓示されたのです。御霊はすべてのことを探り、神の深みにまで及ばれるからです。」とあります。聖霊の声を明らかに聞くことさえできるならば、栄えないことがどこにあるでしょうか。危険な道は防いでくださって、祝福の道を知らせてくださり、難しい問題があっても解決の道を教えてくださるのです。ですから、その声に聞き従いさえすれば、すべてのことにおいて栄える道にだけ行けるのです。
ところで、心にある罪と悪が捨てられたほど、真理に逆らうものがない清くきれいな心に変えられたほど、聖霊の声も明らかに聞いて働きかけられます。信仰の四段階にだけ入っても、聖められた心の中から聖霊の声を正確に聞けるので、父が願われることが何であるのかはっきりわかります。さらに信仰の五段階では「父がそれをなぜ望まれるのか」、父のお心とみ思いを明らかに知るようになります。五段階でもさらに深い次元に入るほど、父の意図されたことに合う方法までも、100%完全に悟られるのです。
ヨセフは幼い年で兄たちのねたみ、そねみのゆえ、エジプトに奴隷として売られました。それでも神の摂理のうちにすべての逆境に勝ち抜いて、エジプトの統治者にまでなり、自分を売った兄たちに22年ぶりに再び会うようになりました。この時、ヨセフはどうすれば兄たちを心から悔い改めさせるのか、その方法までも悟れて実行します。
たとえば、その場で自分の身分を明かして、自分の権威をもって悔い改めさせることもできましたが、それは心の底から立ち返って悔い改めたとは見なされません。それで、ヨセフは兄たちが自分の過ちから完全に立ち返って悔い改められるように、緻密な作戦を使います。自分の身分を明かさないまま兄たちをしばらく監禁しておいたり、兄弟のうちひとりを人質にとったり、末の弟を盗人に仕立てたりなど、いろいろな状況を作っていきます。その過程で兄たちは兄弟の大切さを感じ、自分たちが過去に弟を売ったことを思い出して、心から真実に悔い改めるようになります。そうなるまですべての状況を作っていくヨセフのひと言、行ない一つが、どれほど驚くべき知恵と悟りから出てくるでしょうか。このように神の深みまで及ぶので、上からの知恵による方法まで働きかけられることが、信仰の五段階で体験する聖霊のみわざです。
3) 悪い者が触れることもできません
信仰の五段階、全く聖なるものとされた人には、病原菌やわずらいが入らず、他の人の病気やわずらいも治せます。悪霊も追い出せます。聖なる真心から出てくる霊的な権威があるので、全く聖なるものとされた人はどんな闇の勢力も害することができません。それで、[ヨハネの手紙第一5:18]には「神によって生まれた者はだれも罪の中に生きないことを、私たちは知っています。神から生まれた方が彼を守っていてくださるので、悪い者は彼に触れることができないのです。」とあるのです。
イエス様も、時になって捕えられるまでは、悪い人々がいくらイエス様を憎んでも、イエス様の前で直接汚い言葉を投げたり、立ち向かったりできませんでした。もちろん、全く聖なるものとされた人に対しても、敵である悪魔・サタンは妨害することをあきらめたり、黙って見ていたりするのではありません。この地上で自分たちに与えられた権威の範囲内で、何としてでも試みの種を作ろうとして、神の国を実現できないように妨げようと絶えず狙っているのです。しかし、いくら害そうと訴えても、神様が許されないから髪の毛一本触れることができないのです。
ところが、時には御霊の人、全く聖なるものとされた人でも、このような敵である悪魔・サタンが訴えるとき、神様が訓練を許される時があります。このような時は、公義に合わせて神の国をもっと広げようとされたり、より大きい神の力を授けられるのにふさわしい器であることを敵である悪魔・サタンに見せようとして、神様が許される場合です。
たとえば、ペテロや使徒パウロは全き信仰に至ったのに、主の御名のゆえに迫害され苦しめられて、結局は殉教するようになりました。また、初代教会時代に殉教した聖徒たちも、全く聖なるものとされなかったとしても、殺されるほどの大きい罪と悪があったのではありません。しかし、聖徒たちが罪もなく流した血によってもっと多くの魂が救われて、もっと広い地域で福音が伝えられるように、公義の基準を満たすようにされたのです。
もちろん、信仰によって殉教した聖徒たちには、わずかの間の苦しみと比べられない天国の栄光が与えられました。また、傷もしみもない、全く聖なるものとされた人が不当な苦しみにあうとき、純粋な信仰と愛で勝利したら、神様がその人にひと回り大きい祝福と神の力を与えても、敵である悪魔・サタンが訴えることができません。このように全く聖なるものとされた人でも、さらに神の力を加えて、大いに神様に栄光を帰すようにされようとする摂理のうちに、しばらくの間、悪い者が妨げることも神様が許される時があるのです。
次は最終回で、信仰の五段階の人が入る天国、新しいエルサレムについて伝えます。
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